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HOME > 伯耆古城図録 > 伯耆古城図録 ~日野郡日野町篇~ > 黒坂城

◆ 黒坂城

【 概 略 】

天正年間(1573年~1593年)、日野義泰の居城と伝える。

日野義泰が上京の際、弟の日野義行が当城を奪ったとするが、後に足利氏の怒りに触れ自刃している。

毛利氏の頃は吉川氏が領有したと因伯記要に記述が見える。

 

因伯記要 名所舊跡 第七 日野郡 黒坂城の項

「日野郡黒坂にあり。鏡山城と號す。天正中、日野義泰の居城たり。義泰上京の暇に乗し弟、義行奪て之に居る。後、足利氏義行か罪を責め自殺せしむ。毛利氏の時に及て吉川氏の領する所となる(略)」

 

築城時期は不明とするが中世、或いはそれ以前からの築城と推定されている。

 

伯耆国内の山城は簡素な縄張の城砦が多いが当城には土塁、虎口(平入、枡形)、竪掘、川濠、櫓台など防御施設が充実しており、縄張についても堅牢な配置が施されていることから相当な築城技術を持った一族(日野山名氏)の領有が推測されている。

残存する遺構の形状や配置についても日野山名氏による築城と伝わる城砦と似た構造が見え、当城に関する伝承にも日野山名氏による築城が伝えられている。

 

特に北の谷を利用した竪掘は伯耆国米子城に見える堀状の遺構(浄昌寺に対する横堀)と構造がよく似ており、米子城飯山城)の築城も日野山名氏山名宗幸によるものとすることから僅かながら関連が推測される。

【 遠 景 】

東側(JR黒坂駅)からの遠望

北側からの遠望

北側からの遠望

黒坂陣屋からの眺め

【 見どころ 】

北の大竪掘

主郭の北~やや北西方面に落ちる巨大竪掘です。

竪堀の両脇には連郭状の郭群が配置されていることから容易に突破はできません。

堀は一直線ではなく途中から若干曲げることで進軍速度を殺ぎ、更に中程には段差が設けてあります。

この段差があることで麓からは見えない部分ができ、この場所に伏兵を置くことも可能です。

攻め手は両岸からの射撃を避けて登るだけでも骨が折れる難所な上、急斜面の中腹で更なる奇襲を受けるという容赦ない構造になっていることから、遺構を歩いてみると日野山名氏が築城の名人であったと云い伝えられる理由も頷けます。

【 概 要 】

名 称黒坂城(くろさかじょう)

別 名:鏡山城(かがみやまじょう)、亀山城(かめやまじょう)

所在地:鳥取県日野郡日野町黒坂

築城年:不明

廃城年:不明

築城主日野山名氏

城 主:(日野山名氏)日野義泰日野義行(毛利氏)不明(吉川氏)不明(関氏)関一政

形 態:山城

遺 構:土塁、郭(腰郭、帯郭、連郭)、竪掘、虎口(平入、枡形)、井戸跡

現 状:山林

種 類:史跡指定なし

【参考文献】

・伯耆志・黒坂開元記抄(江戸時代編纂 著者不明)

・因伯記要(明治40年5月 鳥取県)

・復刻発刊 因伯記要(昭和56年1月 ㈱矢谷印刷)

・日野町誌(昭和45年5月 日野町誌編纂委員会)

・日野郡史(昭和47年4月 日野郡自治協会)

・黒坂歴史めぐり(平成23年3月 黒坂鏡山城を知ろう会)

【城娘】

 

【 縄張図 】

黒坂城略測図

鳥取県中世城館分布調査報告書第2集(伯耆編)

【 地 図 】

【 年 表 】

年号 西暦 出来事

不明

不明

室町~戦国時代、日野山名氏による築城とされる。

【 写 真 】(訪問日:2013/04/13)

東側からの遠望

東側からの遠望

東側からの遠望

主郭の様子

聖神社側からの遊歩道(黒坂陣屋へ)

聖神社側からの遊歩道

黒坂陣屋南側の郭跡

黒坂陣屋南側の郭跡

聖神社

【 写 真 】(訪問日:2019/01/22、2019/02/02)

西~北側の麓は川濠が巡る

北側麓の川濠

北側麓の川濠

北の大竪掘(麓から)

大竪掘(中腹)

大竪掘(中腹の段差と平坦地)

大竪掘(中腹の段差を下から)

大竪掘の先は主郭の西土塁

大竪掘(西の連郭から)

大竪掘の西側連郭

大竪掘の西側連郭

大竪掘の西側連郭(主郭西腰郭)

連郭から西側の小竪掘

連郭から西側の小竪掘

連郭から西側の小竪掘

小竪掘(麓から)

大竪掘の東側連郭

大竪掘の東側連郭

大竪掘の東側連郭

大竪掘の東側連郭

主郭北側の竪掘

主郭北側の竪掘

大竪掘から主郭の土塁

主郭の様子

主郭の様子

主郭の土塁(東側)

主郭の土塁(西側)

主郭の土塁(西~南側)

主郭の土塁(南側)

主郭南側の両脇の土塁

主郭南側の両脇の土塁

主郭南側の土塁と平入虎口

主郭南側の土塁と平入虎口

主郭南側一段下郭の枡形虎口

主郭南側一段下郭

主郭南側一段下郭

主郭南側一段下郭

主郭南側一段下の郭の井戸跡

主郭南側一段下郭の腰郭(北)

主郭南側一段下郭の虎口付近破城痕

主郭南側一段下郭の平入虎口

主郭南側一段下郭の平入虎口

主郭南側二段下郭の破城痕

主郭南側二段下郭の土塁(南)

主郭南側二段下郭の土塁(南)

南櫓台から南西郭群の遠望

南西郭群の遠望

南櫓台

南櫓台

南櫓台

南櫓台

南櫓台

南櫓台の破城痕

南櫓台の腰郭

主郭南側二段下郭の腰郭(南)

主郭南側二段下郭の腰郭と土塁(東)

主郭南側二段下郭の腰郭

主郭南側二段下郭の腰郭

主郭南側二段下郭の腰郭

主郭南側二段下郭の腰郭と土塁(西)

主郭から北側一段下郭へ

主郭北側一段下郭

主郭北側一段下郭から城下の眺め

主郭北側一段下郭の土塁と虎口(南)

主郭北側一段下郭の土塁と虎口(南)

主郭北側一段下郭の土塁(東)

主郭北側一段下郭の腰郭(東)

主郭北側一段下郭の破城痕

鏡山城への山下道

鏡山城への山下道

主郭から北端の郭へ

北端の郭へは急斜面

急斜面の高低差

北端郭の土塁と平入虎口

北端郭の土塁と平入虎口

北端郭から主郭方面の様子

北の谷部の平場

北谷部の平場の切岸

平場から主郭方面

平場から主郭北側の竪掘に繋がる

主郭北側の竪掘(麓から)

主郭北側の竪掘(麓から)

主郭北側の竪掘(主郭から)

北端郭西側の切岸

北端郭東側の切岸

北の麓の郭跡

南端の郭跡

南端の郭跡から鏡山城への道

南竪掘群付近の帯郭(農道)

南竪掘群付近の帯郭(農道)

南竪掘群付近の帯郭(農道)

南の竪掘(東)

南の竪掘(中央)

南の竪掘(西)

南の竪掘群(遠景)

南西からの遠景

聖神社

聖神社

聖神社

聖神社

聖神社の本殿

聖神社

JR黒坂駅から最短の踏切(危ない)

側溝は穴が開いてる箇所あり

雪の無い踏切(やっぱり危ない)

南側に遮断機ありの踏切

光明寺

光明寺横に案内板と道

光明寺から聖神社への道